大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)78号 判決 1971年10月13日
大阪市西淀川区柏里町一丁目四六番地の一
原告
松村正一
右訴訟代理人弁護士
児玉憲夫
同市同区野里西三丁目二三番地
被告
西淀川税務署長
近岡佐勇次
同市東区大手前之町
被告
大阪国税局長
吉瀬維哉
右両名指定代理人検事
渡辺丸夫
同
大蔵事務官 馬場文哉
同
大蔵事務官 黒川曻
被告西淀川税務署長指定代理人法務事務官
同
田中晃
同
吉田重夫
右当事者間の更正処分に対する裁決取消請求事件について当裁判所はつぎのとおり判決する。
主文
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者の求める裁判)
一、原告
(一) 被告西淀川税務署長が原告に対し、昭和三九年六月二九日付でした原告の昭和三八年分の所得税について総所得金額を七五万九、〇〇〇円、課税所得金額を三九万四、一〇〇円とする更正処分のうち、総所得金額四〇万円、課税所得金額三万五、一〇〇円を超える部分を取消す。
(二) 被告大阪国税局長が原告に対し昭和四〇年五月一五日付でした右更正処分に対する審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決。
二、被告ら
主文同旨の判決。
(当事者の主張)
第一、原告の請求原因
一、原告は「まつや荘」なる屋号をもつて下宿業を営むものであるが、昭和三九年三月一三日被告西淀川税務署長(以下単に被告署長という。)に対し、原告の昭和三八年分所得税について、総所得金額を四〇万円課税所得金額を三万五、一〇〇円として申告したところ、被告署長は昭和三九年六月二九日総所得金額を七五万九、〇〇〇円、課税所得金額を三九万四、一〇〇円とする更正処分をなし、翌三〇日その旨原告に通知した。
二、そこで原告は同年七月一八日同被告に対し異議申立てをしたところ、同年一〇月一五日棄却する旨の決定を受けたので、さらに同年一一月一四日被告大阪国税局長(以下単に被告局長という。)に審査請求をしたところ、同被告は昭和四〇年五月一五日棄却する旨の裁決をなし、同月一八日その旨原告に通知した。
三、しかしながら原告の昭和三八年分の総所得金額および課税所得金額は申告どおりであるから、被告署長の前記更正処分は原告の所得を過大に認定した違法があるので、右金額を超える部分についてその取消しを求める。
四、また原告は昭和三九年一二月四日被告局長に対し行政不服審査法(以下審査法という。)第三三条第二項にもとづいて更正処分の理由となつた事実を証する書類等の閲覧を請求したところ、同被告は同月八日、閲覧日時を同月一四日として確定申告書、更正決議書、異議申立書および異議申立決定書の四通の閲覧を許可した。しかし右各書類はいずれも更正処分の理由となつた事実を証明するものではなく、同条第一項に規定する書類に該当しないことは明白であるから、違法な閲覧拒否と同視さるべきである。少なくとも同被告には担当協議官の作成した所得調査書の要点を写した調査メモが存するのであるから、右メモの閲覧を許可しなければならないにもかかわらず、これを許可しなかつたものであるから、本件裁決は違法であり、その取消しを求める。
第二、被告らの答弁および主張
一、請求原因一、二項は認める。同三項は争う。同四項のうち、原告がその主張の日時に書類等の閲覧を請求したこと、被告局長が、原告主張の日時に原告主張の書類の閲覧を許可したことは認めるが、その余は争う。
二、原告の昭和三八年分の総所得金額および課税所得金額について。
(一) 被告署長は、原告の本係争年分の所得調査にさいし、実額による正解な所得計算をしようと努めたが、原告は所得金額計算の資料となる諸帳簿および原始記録を備えつけていなかつたため、実額による所得を算定することができず、やむなく原告の申立ておよびその取引先の調査に基づき、推計したところ、原告の申告所得金額と相違したので本件更正処分をしたものである。しかしその後の資料をも加えてさらに検討したところ、原告の本係争年分の所得金額は、つぎのとおり総所得金額が八七万三、二五二円、課税所得金額五五万八、三〇〇円であるから、この範囲内の所得があるとしてなされた本件更正処分には何らの違法もない。
<省略>
(二) 収入金額について
1 収入金額の明細について
収入金額は、係争年中に原告が下宿業により賃借人から得た下宿料で、その明細は別表一記載のとおりである。すなわち、原告は肩書地にある自己所有の建物に、別紙図面に表示のとおり、貸室一八室(自用、食堂および炊事場を除く部屋)を設備して常時賃貸の用に供しているので、原告の係争年中の下宿料は、一ケ月一人当り下宿料に推定賃借人員数(下宿人数)および月数を乗じたものの合計額となるわけである。
2 下宿人数を二九人と推計したことの合理性
被告署長は別表一記載のとおり下宿人の数を二九人と推定したが、それが正当であることは、原告が大阪市西淀川区花川南之町一四八番地所在の柏花米穀店(経営者佐藤達営)から購入した精米の量より推計した年間平均下宿人の数は三五・五人となつて二九人を上廻ることからも明白である。
すなわち原告は係争年中に五一石七斗四升(七、二四四キログラム)の精米を購入したが、通常成人が一日三食に消費する精米の量は三合ないし三合五勺と考えられる。ところで原告の下宿人の賄の条件は三食付と二食付の二通りであり、その割合は半々であつたが、これを原告に有利に一率に一人一日当りの米の消費量を三合五勺として、一人当り年間消費量を算定すると、一石二斗七升七合五勺となる(算式:3.5合×365日=1277.5合)。そこで柏花米穀店から購入した精米の量五一石七斗四升を、一人当り年間消費量一石二斗七升七合五勺で除して、年間平均の原告の家族および下宿人の合計人数を算出すると、四〇・五人となる(算式:51740合÷1277.5合=40.5人)。ところで原告の家族数は原告を含め五人であるから(新田八重野を含む。)前記家族および下宿人の合計人数四〇・五人からそれを控除すると、原告の年間平均下宿人の数は三五・五人となるわけである。
そして、原告は賄付の下宿業を営んでいたのであるから、下宿人は当然に米を消費したわけである。してみれば原告における米の消費量は下宿人の数に比例するのであり、したがつて米の消費量で下宿人の数を推計することは合理的である。たまたま下宿人のなかに食事をとらないものがあつたとしても、その場合は米の消費料に表顕されないから、原告に有利となりこそすれ、不利となる計算とはなりえない。
3 下宿料
原告の下宿料は二食付で一人一月当り七、五〇〇円と八、五〇〇円の二本建てであつた。ところで原告の下宿人の賄の条件は三食付と二食付の二通りであり、しかもその割合は半々であつたにもかかわらず、被告署長は、いずれも二食付の条件による下宿料として計算しており、この点からしても原告に不利となる計算ではない。
4 下宿料と対応する下宿人の数
原告の下宿料は二食付で一人一月当り七、五〇〇円と八、五〇〇円の二本建てであつたことは前述のとおりである。ところで被告署長は別表一記載のとおり右八、五〇〇円の下宿料に対応する下宿人の数を四人とし、残りの下宿人二五人を七、五〇〇円の下宿料に対応するものとして計算したが、それが正当であることはつぎの理由によつてあきらかである。
すなわち、別紙図面の新館一階一号室、三号室、新館二階一一号室、一二号室はいずれも三畳、推定賃借人数一人で他の部屋と比較して有利であるから、これらの下宿料は二食付一人一月当り八、五〇〇円であつたと推定される。あるいは、新館二階九号室の下宿料は二食付一人一月当り八、五〇〇円であるから、同一の間取りで、同一の構造の新館二階八号室および一〇号室も二食付一人一月当り八、五〇〇円の下宿料であつたと推定される。そして右三室は少なくともそれぞれ二人を収容できる能力を有していたから、合計六人の収容能力のあるところ、被告署長が主張する一人一月当りの下宿料八、五〇〇円の下宿人の数は四人にとどめており、原告に不利となる計算ではない。
5 以上からすると、原告は係争年中に少なくとも二六五万八、〇〇〇円の下宿料を得たことは明らかである。
(三) 賄費について
総理府統計局の家計調査報告(指定統計五六号)によれば大阪市における昭和三八年の一人当り一ケ月の賄費は三、八三七円である。ところで原告方の下宿人の数は前叙のとおり二九人であるから、その年間の賄費を算出すると、一三三万五、二七六円となる。
1人当り1ケ月賄費 下宿人の数 下宿人29人に対する年間賄費
算式:3,837円×29人×12ケ月=1,335,276円
(四) 減価償却費について
原告が事業の用に供している建物(昭和三七年九月新築、木造二階建スレート葺)の取得価額は二三〇万円であるから、耐用年数二七年(償却率〇・〇三七)で算定される減価償却額の総額は七万六、五九〇円である。
取得価額 残存価額の割合 償却率 償却額
算式:2,300,000円×(1-0.1)×0.037=76,590円
ところで、原告は右建物の一部を自用に供し、その割合は九・三七五%であるから、右建物の減価償却額の総額七万六、五九〇円に右の割合を乗じて自用部分に対応する減価償却相当額を算定すると七、一八一円となる。
算式:76,590円×0.09375=7,181円
したがつて減価償却額の総額七万六、五九〇円から自用部分に対応する減価償却相当額七、一八一円を控除すると、減価償却費は六万九、四〇九円となる。
算式:76,590円-7,181円=69,409円
(五) 雇人費について
雇人費の総額はつぎのとおり一一万七、五〇〇円である。
<省略>
(六) 雑収入について
1 洗濯代収入 二万四、〇〇〇円
原告は下宿人の依頼によつて洗濯をしていたが、下宿人一人一月当りの洗濯代は五〇〇円である。ところで原告は相当協議官に対し、多いときで一〇人、少ないときで五、六人の下宿人にかかる洗濯代収入を得ていた旨申立てたことから、被告署長は洗濯代収入のあつた下宿人の数を両者のほぼ中間である八人と推定した。そして、原告が洗濯代収入を得ていた期間は一月から六月までの六ケ月間である。したがつて一人一月当りの洗濯代に、下宿人数および月数を乗ずれば、洗濯代収入は二万四、〇〇〇円となる。
1人1月当り洗濯代 下宿人の数 洗濯代収入のあつた月 年間洗濯代収入
算式:500円×8人×6月=24,000円
2 テレビ使用に対する料金収入七、二〇〇円
原告はテレビ二台の使用に対し、料金を徴収していたが、テレビ一台について一月当りの使用料金は三〇〇円であつたことから年間のテレビ使用に対する料金収入は七、二〇〇円となる。
1台1月当りテレビ使用料 月数 テレビ台数 年間テレビ使用に対する料金収入
算式:300円×12月×2台=7,200円
3 以上のとおり原告の雑収入は1と2の合計額三万一、二〇〇円である。
(七) 扶養親族控除について
原告は後記のとおり新田八重野外二人が扶養親族(配偶者を除く。)であると主張するけれども、新田八重野は原告と何ら法律的に親族関係にないから、当時の所得税法(以下旧所得税法という。)第八条第二項にいう扶養親族ではなく課税所得の計算上扶養親族控除の対象とはならない。したがつて原告の主張する一一万七、五〇〇円から五万円を減じた六万七、五〇〇円が正当な額である。
三、書類閲覧請求について
(一) 原告は、要するに確定申告書など四通の書類だけではなく、所得調査書が審査法第三三条第一項の「当該処分の理由となつた事実を証する書類その他の物件」に該当すると解し、所得調査書の閲覧許可がなかつたことが違法であると主張する。
しかし、審査請求人が閲覧を求めうるのは、「処分庁から審査庁に提出された書類その他の物件」に限定され、審査庁に対して処分庁からあらたに書類の提出を求めることまで請求しうるものではないところ、本件所得調査書は処分庁である被告署長から審査庁である被告署長に提出されておらず、原告の閲覧請求に対して被告局長が閲覧を許可したのほ処分庁である被告署長から審査庁である被告局長に送付されていた書類のすべてにわたつているから、この点に関する原告の主張は失当である。
(三) さらに原告は、被告局長が担当協議官の作成した調査メモの閲覧を許可しなかつたことを、とらえて、本件決裁を違法であると主張する。
しかし、担当協議官が処分庁に赴いて所得調査書を閲覧し、そのさいに作成した調査メモは、審査庁が自ら蒐集した資料であることは明らかで、これを処分庁から提出された書類と同一視することはできない。
すなわち審査法は審査庁が自ら調査、蒐集した資料を請求人に閲覧させることについては、全く規定していないのであつて、それを処分庁から提出された資料と同一視する何らの根拠もない、このような解釈が許されるためには、処分庁に、その蒐集にかかる資料を審査庁に送付することが義務づけられており、かつ審査庁の審理がその資料のみを前提ないし基礎として進められるにかかわらず、何らかの事情で送付されなかつた場合に審査庁がこれを閲覧し、審査の資料に供しようとする場合でなければならない。しかし審査法が、そのような構造をとつていないことはきわめて明白であり、原告の右主張も失当である。
(三) 原処分取消しの訴えと裁決取消しの訴えが併合して審理されている場合には、原処分に違法が存しない以上、裁決を取消す利益はない。なぜなら原処分に違法がない場合には、かりに裁決を取消しても、原処分を取消す余地はないから、原処分を維持した裁決をあらためてするだけであり、裁決を取消すべき法律上の実益は全くないからである。
(四) よつて原告の本件裁決の取消しを求める訴えは失当である。
第三、被告署長の主張に対する原告の答弁および反対主張
一、(一) 収入金額について
1 原告が下宿業により下宿人から下宿料を得ていたことは認めるが、その額は争う。正当な額は後述するとおり一五六万七、五七〇円である。
被告署長は原告が別紙図面に表示のとおり貸室一八室を設備して常時賃貸の用に供していたと主張しているが、平家西側の四室のうち、北側の二室(いずれも二・五畳)は、原告が昭和三九年に至つて建増したもので係争年中には存じなかつたものであり、また南側の二室(被告署長はいずれも四・五畳であると主張するが、六畳と三畳の間である。)は原告の兄松村弘の雇人四人が無料で居住していたものであるから、貸室総数は一四室にすぎない。
別表一記載(被告ら主張の年間下宿料収入の明細)のうち、部屋番号2 5 6 7の各室の定員数が四人であることは認めるがその余の各室の定員数は争う。
2 被告署長は下宿人の数を二九人と推定し、それが正当であることは米の消費量より推計した年間平均下宿人の数が三五・五人となつて二九人を上廻ることから明白であると主張する。なるほど米の消費量から推計すると、原告は家族数五人(原告および新田八重野を含む。)を別にして、三五・五人分の米を購入しているけれども、そのうちには原告の兄松村弘の家族四人分および同人の雇人四人分も含まれているから、三五・五人からそれを控除すると原告の年間平均下宿人の数は二七・五人にすぎない。
3 原告の下宿料が二食付で一人一月当り七、五〇〇円と八、五〇〇円の二本建てであつたことは否認する。原告の下宿料は三畳および二畳の各室(部屋番号1 3 11 12および平家一階東側の間)は二食付で八、〇〇〇円であり、その余の各室は三食付のときは七、五〇〇円、二食付のときは七、〇〇〇円であつたものである。
4 原告の収入金額の明細は別表二記載のとおり一五六万七、五七〇円であり、それは契約書に基づいて正当に計算したものであるから、被告ら主張の推計によつて収入金額を把握することは許されない。
(二) 一般経費について
1 公租公課、水道料金および光熱費は認める。
2 賄費については、大阪市における昭和三八年の一人当り一ケ月の賄費が三、八三七円であることは認めるが、年間平均の下宿人の数が二九人であることは争う。原告方の年間ののべ下宿人数は別表二記載のとおり二一〇名(二一九名とあるのは誤記と考える。)であるから、その年間の賄費を算出すると、八〇万五、七七〇円となる。
1人当り1ケ月賄費 のべ下宿人数 年間賄費
算式:3,837円×210人=805,770円
(三) 減価償却費について
建物減価償却額の計算基数のうち、耐用年数二七年(償却率〇・〇三七)は認めるが、建物の取得価額は争う。取得得価額は二五〇万円である。そうすると減価償却額の総額は一六万六、五〇〇円となる。
取得価額 残存価額の割合 償却率 割増償却
算式:2,500,000円×(1-0.1)×0.037×=166,500円
そして、原告が別紙図面自用表示の部屋を自用に供していたことは認める。
(四) 地代および支払利息について
地代および支払利息は認める。
(五) 雇人費について
1 谷ケ保いつ子にかかる雇人費が四万〇、五〇〇円であることは認める。
2 児玉むつ子にかかる雇人費については、一ケ月当りの給料が六、〇〇〇円、一ケ月当りの宿泊食費が五、五〇〇円であること、および賞与が八、〇〇〇円であることは認めるが採用期間は争う。同女は昭和三八年四月から一二月まで賄婦として勤務していたものである。したがつて同女にかかる雇人費はつぎの算式のとおり一一万一、五〇〇円となる。
月当り給料 月当り宿泊食費 月数 賞与
算式:(6,000円+5,500円)×9月+8,000円=111,500円
3 したがつて雇人費は、1および2の合計額一五万二、〇〇〇円である。
算式:40,500円+111,500円=152,000円
(六) 雑収入について
1 洗濯代収入
下宿人一人一月当りの洗濯代が契約書において五〇〇円であることは認めるが、原告は下宿人に対してサービスとして行つていたもので契約書どおりの対価を得ることはなかつた。また洗濯代収入のあつた下宿人の数が八人であつたことは否認する。
しかし、原告は一月当り五〇〇円として、年間六、〇〇〇円の洗濯代収入を得たことは認める。
2 テレビ使用に対する料金収入
すべて否認する。
(七) 総所得金額について
以上からすると原告の総所得金額は、(一)収入金額から、(二)一般経費(公租公課、水道料金、光熱費および賄費)、(三)減価償却費、(四)地代および支払利息、(五)雇人費を控除し、それに(六)雑収入を加算して算定すると、一五万五、五三七円となる。
収入金額 公租公課 水道料金 光熱費 賄費
算式:1,567,570円-11,486円-18,402円-89,432円-836,303円-
減価償却費 地代 支払利息 雇人費 雑収入 総所得金額
166,500円-64,133円-110,400円-152,000円+6,000円=155,537円
(八) 諸控除について
1 扶養親族控除
新田八重野が扶養親族でないとの主張は争う。新田八重野は原告の妻の母であつて二十数年間原告と同居しており、旧所得税法第八条第二項に規定する居住者の親族で一定の要件を充足しているから、原告の扶養親族である。したがつて被告署長の主張する六万七、五〇〇円に五万円を加算した一一万七、五〇〇円が正当な額である。
2 その他の諸控除
二四万七、三七〇円であることは認める。
(九) 課税所得金額について
そうすると(七)総所得金額から、(八)諸控除を差引いて算定される課税所得金額は存しないことに帰するところ、原告は総所得金額四〇万円、課税所得金額三万五、一〇〇円として申告したので、その金額を超える部分について本訴を以つて取消しを求める。
第四、原告の反対主張に対する被告署長の反論
一、原告主張の収入金額の明細(別表二)について
原告は別表二記載のとおり、実額によつて収入金額を計算したと主張するけれども、右主張はつぎの理由から到底信用することはできない。
(一) 原告の主張する下宿人のほかに、中本五郎、宮崎正、平本秋義、児玉国夫、岩井俊夫、多田羅春年、角田進、野口美夫、東克郎および西川厳が原告方に下宿していた。
(二) 原告の主張する下宿人のうち仲森公生、遠藤一および藤田太平は原告の主張より長い期間原告方に下宿していた。また原告は中村公俊について、下宿の期間は二月と三月の二ケ月間であり、下宿料は月当り八、〇〇〇円であつたと主張するが、中村公俊は一月から六月まで下宿し、下宿料は月当り八、五〇〇円であつた。
二、減価償却費について
原告は当時の租税特別措置法(以下旧措置法という。)第一四条による新築貸家住宅の割増償却の規定が適用されるべきであると主張している。
しかし右の割増償却の規定が適用されるのは、同法第一四条第二項(同法第一一条第三項準用)の規定により確定申告等に必要な経費に算入される金額についてその算入に関する記載があり、かつ計算の明細書の添付がある場合に限られるところ、原告の確定申告書には当該事項についての記載もなく、また当該明細書の添付もないのであるから、右割増償却の規定を適用することはできない。
(証拠)
一、原告
甲第一ないし第八号証を提出し、証人松村弘の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証、第六号証、第一一号証、第一二号証の一ないし七、第一三号証の各成立は認める。乙第九号証のうち官署作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知、乙第一〇号証のうち片岡英明の署名部分の成立は認め、その余の部分の成立は不知、その余の乙号各証の成立はいずれも不知。
二、被告ら
乙第一ないし第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証の一、二、第六、七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一一号証、第一二号証の一ないし七、第一三号証を提出し、証人実守清、同上岡邦夫、同柴田和利、同宮本益実、同片岡英明、同中本五郎の各証言を援用し、甲号各証の成立はすべて認める。
理由
一、原告の請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二、そこで本件更正処分に原告の昭和三八年分の所得金額を過大に認定した違法があるかどうかについて検討する。
(一) 収入金額について
1 原告が賄付の下宿業により下宿人から下宿料収入を得ていたことは当事者間に争いがない。
2 原告は本訴にいたつてはじめて別表二記載の下宿人名および下宿料金額を明らかにし、それは契約書に基づいて計算したから正当であると主張するけれども、本訴において原告は契約書を保存していると供述しながら証拠資料として提出しないばかりか、証人中本五郎の証言および証人柴田和利の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第七号証、成立に争いのない乙第一一、一二号証によれば事実摘示第四(原告の反対主張に対する被告署長の反論)、一、(一)および(二)の事実を認めることができるから原告の右主張は倒底指信することができず、原告において他に収入金額を明らかにする帳簿その他の書類を備え付けておらず(この点は原告において明らかに争わない。)、また他にこれらを明らかにする資料の提出もみられない本件においては、推計によりこれを算定することは正当である。
3 被告署長は、別表一記載のとおり一人一月当りの下宿料を八、五〇〇円と七、五〇〇円の二本建てとし、八、五〇〇円の下宿料に対応する下宿人の数を四人とし、七、五〇〇円の下宿料に対応する下宿人の数を二五人(したがつて年間平均の下宿人の数は二九人)と推定して年間の総収入金額を二六五万八、〇〇〇円と推計しているので、その当否について検討する。
イ 下宿料
乙第一〇号証のうち片岡英明の署名部分の成立は当事者間に争いがなく、証人中本五郎の証言によつてその余の部分の成立を認める乙第一〇号証および証人中本五郎の証言および弁論の金趣旨によれば、昭和三八年の原告方の下宿料金額は二食付で一人一月当り七、五〇〇円と八、五〇〇円の二本建てであつたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は信用することはできない。
ところで原告本人尋問の結果によれば原告方の下宿人の賄の条件は三食付と二食付の二通りであり、しかもその割合がほぼ半半であつたことが認められ、右認定に反する証拠はないところ、被告署長の計算方式は、いずれも二食付の条件によるものとして下宿料を計算しているから、原告に有利でこそあれ、不利な計算結果になるものでない。
ロ 下宿人数を二九人と推計したことの合理性
原告が大阪市西淀川区花川南之町一四八番地所在の柏花米穀店(経営者佐藤達栄)から、一人一日当りの米の消費量を三合五勺(一人当り年間消費量一石二斗七升七合五勺)として、係争年中に原告の家族数五人(新田八重野を含む。)分を別として三五・五人分相当量の精米を購入したことは当事者間に争いがない。
原告は、右三五・五人分のうちには原告方の下宿人分のほかに原告の兄松村弘の家族四人分および同人の雇人分四人分も含まれていると主張するので検討するに、兄松村弘の家族四人分が含まれているとの原告主張事実を認めうる証拠はないけれども、証人松村弘の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は、係争年中松村弘に対しその雇人四人を居住させるため別紙図面平家西側の四・五畳二室を無償で使用させていたが、右雇人には賄を与えず、兄弘がその賄をしていたので、兄弟の情 から経済的に援助する意図の下に、兄松村弘に対し同人の雇人分として係争年中に月間四斗ないし五斗(年間四石八斗ないし六石)の精米を贈与したことが認められ、右認定に反する証拠はない。そこで右四石八斗ないし六石を、一人当り年間消費量一石二斗七升七合五勺で除して、原告が兄松村弘に贈与した精米に対応する年間平均の人数を算定すると三・八人ないし四・七人となる。
(算式:4800合÷1277.5合=3.8人、6000合÷1277.5=4.7人)
さらに後記(五)認定のとおり原告方には係争年の一月から三月および七月から一二月まで(合計九ケ月)住込みの賄婦一人がいたことが認められるからそれは〇・七五人分となる。したがつて前記三五・五人分から兄松村弘に対する贈与分三・八人分ないし四・七人分および賄婦分〇・七五人分を控除して原告の年間平均の下宿人の数を求めると、三〇・〇人ないし三〇・九人となる。
ところですでに認定したとおり原告は賄付の下宿業を営んでいたのであるから止宿人はすべて当然に原告の賄により米を消費したものと推認することができる。してみれば原告による米の消費料は下宿人(および原告の家族数)の数に比例し、しかも家族の数は継続して一定しているのに対して下宿人の員数は浮動的であるから米の総消費量は下宿人数の異動に応じて増減すべく、かつ一定期間の米の消費量はほぼ当該期間の米の購入量に等しいことが推定できるから、米の購入量を基準として当時の下宿人の数を推計することは合理的であると認められる。
そこですすんで前記推計方式の計算基数である一人一日当りの米の消費量三合五勺の妥当性について検討すると、通常成人が一日三食に消費する精米の量は三合ないし三合五勺であることは敢て特段の立証をまつまでもなく一般に明らかであり、また原告の下宿人の賄の条件が三食付と二食付の二本建てであり、その割合は半々程度であつたことは前認定のとおりであるから、右計算基数は原告にきわめて有利であり、右の計算基数を用いた推計方式はこれを合理的と認めるに足りる。
そうだとすれば被告署長が原処分にあたり年間平均の下宿人の数を二九人と推定したことは、前記の如く精米の消費量より合理的に推計した年間平均の下宿人数三〇・〇人ないし三〇・九人を更に下廻るから正当と認めるべきものである。
ハ 下宿料と対応する下宿人の数
証人実守清の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第四号証の一、二、前顕乙第一〇号証、証人中本五郎の証言それに原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、中本五郎および中村公敏は昭和三八年の六月ごろまで新館二階九号室(四・五畳和室)に二食付で一人一月当り八、五〇〇円で同室下宿していたこと、新館二階八号室および一〇号室は、新館二階九号室と同一の間取りで、同一の構造であることを認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は信用することができない。そうだとすれば新館二階八号室および一〇号室は二食付一人一月当り八、五〇〇円の下宿料で、それぞれ二人を収容できる能力を有していたものと推認できる。したがつて右三室のみの収容能力ですら六人であるところ、被告署長の原処分における認定では一人一月当りの下宿料八、五〇〇円に対応する下宿人の数を四人にとどめているから、原告に不利ということはできない。
ニ 以上からすると被告署長の主張するとおり、原告は係争年中に少なくとも二六五万八、〇〇〇円の下宿料収入を得たことを認めることができる。
(二) 一般経費について
1 公租公課、水道料金および光熱費について
公租公課が一万一、四八六円、水道料金が一万八、四〇二円、光熱費が八万九、三四二円であることは当事者間に争いがない。
2 賄費について
イ 原告が賄費を明らかにする帳簿その他の書類を備え付けていないことは原告において明らかに争わない。したがつて推計によつてこれを算定することはやむを得ない。
ロ 大阪市における昭和三八年の一人当り一ケ月の賄費は三、八三七円であることは当事者間に争いがなく、年間平均の下宿人の数は前認定のとおり二九人であるから、その年間の賄費を算出すると、被告署長の計算のとおり一三三万五、二七六円となる。
(三) 減価償却費について
成立に争いのない乙第一号証、前顕乙第四号証の一、二、乙第九号証のうち官署作成部分の成立は当事者間に争いがなく、証人片岡英明の証言によつてその余の部分の成立を認める乙第九号証それに証人中本五郎の証言によれば、原告が事業の用に供している建物(昭和三七年九月新築、木造二階建スレート葺)の取得価額は二三〇万円であることを認めることができ右認定に反する原告本人尋問の結果は信用することはできず、右建物の耐用年数が二七年(償却率〇・〇三七)であることは当事者間に争いがない。そうすると減価償却額の総額は被告署長の計算のとおり七万六、五九〇円である。
そして、原告が別紙図面自用表示の部屋を自用に供していたことは、当事者間に争いがなく、平家西側の四・五畳二室が無償であつたことは前記認定のとおりであり、原告本人尋問の結果によれば、その北側にある二・五畳二室は係争年の翌年に建築されたものであることが認められ、他に右認定を動しうる証拠はない。
また、新館について自用部分の全体に占める割合が少くとも九・三七%であることは算定上明らかであるから、前記減価償却額の総額に右割合を乗じて自用部分に対応する減価償却相当額を算定すると、七、一七七円となる。
従つて、右総額からこれを控除すると、減価償却費は、六万九、四一三円となる。
ところで原告は旧措置法第一四条による新築貸家住宅の割増償却の規定が適用されるべきであると主張するので検討するに、右の割増償却の規定が適用されるのは、同法第一四条第二項(同法第一一条第三項準用)の規定により、確定申告書に必要経費に算入される金該についてその算入に関する記載があり、かつ賃家住宅の償却費の額の計算に関する明細書の添付がある場合に限られるところ、成立に争いのない乙第一三号証(確定申告書)によれば、当該事項についての右法令所定事項の記載もなく、また当該明細書の添付もないことが認められるから、右割増償却の規定を適用することはできず、原告の右主張は失当である。
(四) 地代および支払利息について
地代が六万四、一三三円、支払利息が一一万〇、四〇〇円であることは当事者間に争いがない。
(五) 雇人費について
1 谷ケ保いつ子(昭和三八年一月から三月まで勤務)にかかる雇人費が四万〇、五〇〇円であることは当事者間に争いがない。
2 児玉むつ子にかかる雇人費について、一ケ月当りの給料が六、〇〇〇円、一ケ月当りの宿泊食費が五、五〇〇円であることおよび賞与が八、〇〇〇円であることは当事者間に争いがなく、証人中本五郎の証言および弁論の全趣旨によれば、児玉むつ子は昭和三八年七月から同年一二月まで勤務したことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は信用することができない。そうだとすると、児玉むつ子にかかる雇人費は被告署長の計算のとおり七万七、〇〇〇円となる。
3 したがつて雇人費は被告署長の主張するとおり1および2の合計額一一万七、五〇〇円である。
(六) 雑収入について
1 洗濯代収入について
被告署長は原告が昭和三八年一月から六月までの間に下宿人八人から洗濯代合計二万四、〇〇〇円を得た旨主張するけれども、成立に争いのない乙第六号証によつては末だ右事実を認めるに足らず、その他右事実を認めうる証拠はない。ただし、原告は年間総額六、〇〇〇円の洗濯代収入を得たことは自認するところである。
2 テレビ使用に対する料金収入について
被告署長は、原告が下宿人からテレビ使用料(電気代)として七、二〇〇円を得ていた旨主張するけれども、前顕乙第六号証によつては未だ右事実を認めるに足らず、その他右事実を認めうる証拠はないから、被告署長の右主張は失当である。
3 結局、原告の雑収入は1のとおり六、〇〇〇円と認めるほかない。
(七) 総所得金額について
以上によれば、原告の昭和三八年の総所得金額は(一)収入金額から、(二)一般経費(公租公課、水道料金、光熱費および賄費)、(三)減価償却費、(四)地代および支払利息、(五)雇人費を控除し、それに(六)雑収入を加算して得られた八四万八、〇四八円である。
(八) 扶養親族控除について
原告は新田八重野が旧所得税法第八条第二項にいう納税義務者と生計を一にする親族で、一定の要件を充足しているから、原告の扶養親族であり、課税所得の計算上扶養親族控除の対象となると主張するので検討するに、成立に争いのない乙第一一号証および原告本人尋問の結果によれば新田八重野は事実上原告の妻美代子を養育したにとどまり、八重野と原告の間には親族関係がないことが認められるから、旧所得税法第八条第二項にいう扶養親族にはあたらず、課税所得の計算上扶養親族控除の対象とはならないから原告の右主張は失当である。
そうだとすれば扶養親族控除の額は当事者間に争いがない六万七、五〇〇円が正当な額である。
(九) その他の諸控除について
その他の諸控除が二四万七、三七〇円であることは当事者間に争いがない。
(一〇) 課税所得金額について
そうすると、(七)総所得金額から、(八)扶養親族控除および(九)の諸控除額を差引いて算定される課税所得金額は、五三万三、一七八円である。
(一一) したがつて本件更正処分には原告の昭和三八年分の所得を過大に認定した違法があることを前提としてこれが取消しを求める請求は失当である。
三 つぎに本件裁決が審査法第三三条第二項に違反する審査に基づいてなされたから違法であるとの原告の主張について判断する。
(一) 原告が昭和三九年一二月四日被告局長に対し審査法第三三条第二項に基づいて更正処分の理由となつた事実を証する書類等の閲覧を請求したこと、同被告は同月四日、閲覧日時を同月一四日として確定申告書、更正決議書、異議申立書および異議申立決定書の四通の閲覧を許可したことは当事者間に争いがない。
(二) 原告は審査庁たる被告局長が被告署長が原告につき作成していた所得調査書の閲覧を拒否したのは違法であると主張する。しかしながら原告主張の所得調査書が当時処分庁から審査庁に提出されていたことを認めうる証拠はないからこれが提出されていたことを前提として本件所得調査書の閲覧拒否の違法をいう原告の主張は失当である。
(三) さらに原告は被告局長が担当協議官の作成にかかる調査メモの閲覧を拒否したのは違法であると主張するところ、証人実守清の証言によれば、本件審査請求の審理に当つた審査庁の協議官である実守清は、自ら西淀川税務署に赴き、審査のための資料に供する目的で本件所得調査書を閲覧し、その要点をメモして持ち帰つたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないが、右事実によれば、本件調査メモは本件審査請求の審理に当たつた審査庁の協議官が自ら蒐集した証拠資料であり、処分庁から提出された証拠資料でないことは明らかで、これはもとより閲覧の対象とはならないから、被告局長が本件調査メモの閲覧を拒否したのは何ら違法ではなく原告のこの点の主張は失当である。
(四) 以上のとおり本件審査手続には何等違法の瑕疵はなく、したがつてこれに基づいてなされた本件裁決は適法正当と認められるからこれが取消を求める請求は失当である。
四 以上の次第で原告の被告らに対する各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 日野達蔵 裁判官 辰己和男 裁判官 仙波厚)
別表一
被告ら主張の年間下宿料の明細
<省略>
<省略>
別表二
原告主張の年間下宿料の明細(単位千円)
<省略>
<省略>
(二階平面図)
<省略>
(一階平面図)
<省略>
(注) 各室の右下の数字は広さ(単位:畳)を示す。